東京のHELP展で多くの方の共感を呼んだ映像作品「御渡り/MIWATARI」が海を越え、タイで開催された国際映画祭の最優秀賞となるドキュメンタリー部門審査員大賞を受賞しました。
「御渡り/MIWATARI」は、グリーンピースが昨年11月に東京の青山で主催した、気候変動を五感で感じる来場者参加型のアート展「HELP展 〜30年後には消えてしまうかもしれない〜」の展示作品としてクリエイティブユニットHAKUAが制作した11分の動画作品です。長野県の諏訪盆地にひろがる諏訪湖の「御渡り、御神渡り」と呼ばれる自然現象と、御渡りの神事を司ってきた地元神社の宮司の姿をおさめたドキュメンタリーで、冬になると湖面が厚く結氷し、気温差によって氷の亀裂がせりあがって長く走るこの自然現象が近年、主に温暖化の影響で激減していることにフォーカスしています。
「御渡り/MIWATARI」が最優秀賞を受賞したのは、短編映画の力を通じて気候変動についての意識を高めることを目的とした国際映画祭「Changing Climate, Changing Lives Film Festival (以下、CCCL)」。
本作品は、CCCL映画祭ドキュメンタリー部門に10倍の倍率を勝ち抜きノミネートされ、正式上映が決定していました。これを受けて、作品の上映日2月17日に合わせ、HELP展を担当したグリーンピース・ジャパンのスタッフの高田久代と、HELP展の企画・ディレクションを担当したアーティストの宮園夕加さん(HAKUA)、「御渡り/MIWATARI」の監督を務めた小野友資さん(HAKUA)3名がバンコクで開催された映画祭に現地参加しました。
気候変動に特化した短編映画祭
スタッフの現地参加にあたって、当然ながら、気候変動についての映画祭に飛行機を利用して参加することの是非をよく検討しました。今回の渡航は、CCCL映画祭が、身近な気候変動の影響に特化し、短編映画を通じて気候変動への認知を広げることを目的とする映画祭であること、映画祭の開催自体が日本で知られていないことから、なぜこうした映画祭がタイで行われているかの背景も含め日本語で伝える機会となること、そのためには現地参加し、実際に授賞式の様子を目にすることが不可欠であると考えました。
グリーンピース・ジャパンが映画祭に作品を出品するのは今回が始めてです。スタッフらが現地に到着した翌日の17日、「御渡り/MIWATARI」を含む26作品が会場で上映されました。
CCCL映画祭現地レポート
「御渡り/MIWATARI」は、現地時間午後2時15分より、文化と気候変動をテーマにしたノミネート作品の2本目に登場しました。
諏訪での作品撮影にも参加した宮園さんは、作品が大勢の来場客の前で上映された様子を目の当たりにし、「『御渡り/MIWATARI』が、タイ語の字幕とともに大スクリーンで上映される様子に心の底から感動しました。長野県諏訪での出来事が、国や海を超えてバンコクで上映され、タイ、インドネシア、東南アジアの人々に伝わったことがとにかく嬉しかったです!」と、心境を話します。
多様な手法のショートフィルムが気候の危機を訴える
10代の若者が監督・主演を務めた海亀保護をテーマにしたドキュメンタリーもありました。彼は、地元の砂浜で7つの海亀の巣を見つけ観察をしていましたが、すべての巣が水位を上げた海水に流されてしまったため、作品内容を再検討しなければならなかったと話していました。
その他に、多発する山火事にフォーカスし、子どもたちが病院で治療を受けるシーンをおさめた作品や、海面上昇で村ごと移住を迫られる人々のストーリー、大気汚染の影響、日照りや水害に悩まされる農家の姿などが描かれる作品が上映され、それぞれの地域が現実に直面している気候変動への緊迫感が感じられました。
CCCL映画祭は、アジアの監督による気候変動の影響に関する作品のみを扱い、15分以内のショートフィルムであることなどの応募条件があります。年間を通して若い映像作家を支援するプログラムも行っており、今年の映画祭には、過去最多となる383本の応募から「御渡り/MIWATARI」を含む38本の作品がメインコンペティションに選出されました。
質疑応答セッションでは、「なぜこの作品を撮ろうと思ったのか」、「作品の制作過程のエピソード」、「他の作品を見て何を感じたか」などの質問があり、壇上の監督たちが次々に回答。最後に会場から大きな拍手が贈られました。
「御渡り/MIWATARI」受賞の瞬間
翌日、日本時間2月18日。この日も入選作品の上映が続き、夜7時からいよいよ授賞式が開始します。会場は全体が脈動するように緊張と期待に満ちていました。満席のホールを司会者がタイ語と英語のバイリンガルでさらに盛り上げます。主催者、関係者の挨拶に続いて、いよいよ各賞の発表です。
25歳以下の若手監督部門賞、観客賞、ノンドキュメンタリー部門の各賞に続き、ドキュメンタリー部門が最後を飾ります。審査員特別賞、審査員賞が発表され、インドネシアやタイの監督らが笑顔で賞を受け取ります。残るは大賞です。驚いたことに、CCCL映画祭の創設者クリストファー・G・ムーア氏が壇上から発表したのは「審査員大賞は『MIWATARI』です!」という言葉でした。思わず立ち上がり、歓声を上げて喜ぶ私たちに、周囲の観客や関係者が「おめでとう!」と次々に声をかけてくれました。
ムーア氏からは「テーマの選定が秀逸で、宮坂宮司の人柄や語りに惹きつけられた。作品の完成度が高く、心に残る作品で、映画祭に参加する他の若手監督たちに大きな刺激となるだろう」との品評がありました。CCCL映画祭には、これまで日本からの出品はなく、「御渡り/MIWATARI」は日本からの初めてのエントリーだったそうです。
作品を監督した小野さんは、笑顔で関係者に感謝の言葉を述べました。映画祭を振り返り、「この映像を通じて気候変動が私たちにとって身近な問題であり、生活に密着しているということを少しでもみなさんに認識してもらえたら嬉しい。 これからも気候変動に対する意識を高め、持続可能な未来に向けて日々考えていきたい」と話します。
諏訪湖のいま、そしてアートの訴求力
HELP展で多くの方の共感を呼んだ「御渡り/MIWATARI」が海を越えて、言語や社会的背景を異にする審査員と観客の心に響いたことに、優れた映像作品の持つ力を改めて感じました。受賞を光栄に思います。同時に、580年以上続く御渡りが、この冬で6季連続で観測されなかったばかりか、湖の全面結氷自体が起こらなかったということに、空恐ろしさを感じます。
ぜひ多くの方に作品を見てもらい、「明けの海は私たちに、謙虚に生きなさい、自然とともに生きなさい、と警鐘をならしている」と語る宮坂宮司の言葉に思いを巡らせてもらえたらと思います。また、身近な気候変動の影響に特化し、若い映像作家を支援するというCCCL映画祭の趣旨に賛同するとともに、日本でもこのような映画祭が行われることを期待します。
八剱神社、宮坂清宮司からのことば
2023年から2024年にかけての冬の諏訪湖は、全面結氷することがなく、御渡りも顕われなかった。6年連続の明けの海である。
1月6日より30日間、毎朝観察を続けてきた。今年こそ御渡り拝観の神事を行うことを望んでいたが、薄氷が広がるのみ。気温は平年より高く、一番冷え込む1月20日前後の5日間はプラス3度から5度。しかも2日間は雨降りの異常であった。
1987年以降の33年間で御渡りが発生した年は9回のみであるから、気候変動による結氷の変化は顕著である。それは582年にわたり書き継がれてきた記録が語るものであり、『御渡帳』はまさに先祖が残してくれた宝物である。
夏は暑く冬は寒いのが自然の摂理。御渡りが顕われると本格的な冬の訪れを感じ、春を待つ心構えができる。結氷しない湖に感じる不安。
諏訪湖の氷が自然のメッセージと受け止める。
そういえば諏訪湖で越冬する白鳥や水鳥の飛来も今冬は極端に少なかった。
短編映画『御渡り』が入賞したことは望外の喜びであり、気候変動の認知を広げる審査員に敬意を表したい。今後も諏訪湖の観察、記録、拝観神事を継承していきたい。2月17日、八剱神社で「明けの海」であった旨の奉告祭を行った。
災害のない穏やかな地球であることを祈って。
グリーンピースとHAKUAのメンバーは2月29日、宮坂清宮司のもとを訪れ、複数の地元メディアが取材に駆けつける中、大賞受賞の報告を行い、宮司と喜びをわかちあいました。新聞、テレビなどさまざまな媒体で「御渡り/MIWATARI」の受賞が取り上げられています。
晴れて審査員大賞を受賞した「御渡り/MIWATARI」の上映会の開催を検討しており、また、本作品の展示も含む「HELP展」は2024年も巡回開催の準備をはじめています。CCCL映画祭の賞金(50,000バーツ、約20万円)は、アートを通して日本での気候変動の影響を表現する若いクリエイターの方々らへの支援に活用したいと考えています。
「御渡り/MIWATARI」は、宮園さんや小野さん、2人が参加するクリエイティブユニットHAKUAとの出会い、撮影の亀村佳宏さん、そして快く出演を引き受けてくださった宮坂宮司の協力により製作することができました。またこうしたグリーンピースの活動はすべて、私たちの目指すビジョンに共感してくださる個人の方からのご寄付によって実現しています。いつも応援を本当にどうもありがとうございます。